其の、青に


 遠く天から若草色の地へと、ふたり分の足が音もなく降り立った。
「ふむ……。ここが『今回』の世界、か」
 ぽつりとこぼした男の言葉に応えるように西から風が吹いて、赤色が混じった黒く長い髪を透明な大気の中になびかせる。
 鼻先に流れてきた植物のにおいに澱みはなく、清々しい空気は肺に落ちれば体内に溶けるように消えていった。
「つまらなさそうですね」
 草葉のざわめきの終わりに凛とした声が耳に届く。
 男は暗闇で鮮やかに輝く火のような色合いの双眸を傍らに立つ人物へ移した。
「いえ、落胆、かしら?」
 女が向けられた視線をまっすぐ見つめ返しながら小首をかしげる。どこか皮肉めいた所作に合わせ、一つに束ねられた黒髪が小さく揺れた。
 男は口元に愉快げな笑みを引いて、踏み入れた『世界』に向き直った。
「どちらもじゃ。いつの世も変わらぬ。まるで約束事のように、最初の地には緑が敷かれ、天には青が選ばれる」
「それは仕方がないこと。姿形思考がどれだけ違おうとも、もとを辿れば皆、始まりは同じなのだから。スルト、わたくし達だってそうでしょう?」
「そうであった、じゃろう」
 共に連れだって来た者に指摘を返しながら、スルトは目の前と過ぎ去っていった歳月の景色を重ねて眺める。
 しかし、抱いた懐古の念は新しき世界への愛情を生むことはわずかもなかった。
「して、シンマラ。おぬしの此度の感想は?」
 離れた深紅と入れ替わるようにして、静かな眼が世界をとらえる。
「変わりません。これまでと、何も」
 シンマラが周囲を見て、己の頭上を仰ぎ、述べた答えは当然のごとく響きでにべもない。
「今回も気に入らぬか」
「わたくしにとって、最後に目にした故郷の景色よりも美しいと感じるものはありません。とくに、最後の日に見た空の青は今でも忘れられない……。あなたは、もう覚えていないでしょうが」
「そうじゃのう」
 再び視界の中心におさまり交わった、相手の深い色にスルトが目を細める。シンマラの頬に片手を伸べる。
「昔から、どんな空よりも海よりも美しい青がそばにあるからのう。覚えておく必要がない」
「そうですか」
 頬に触れているスルトの片手に、シンマラが自身のそれを重ね合わせる。
「わたくしがこの世界で見る朝日も夕暮れも、あなたほどには鮮やかに映らないのでしょうね」