朝のひと時


 まるでやわらかな真綿に包まれてすくい上げられるかのように、シギュンの意識は淡い光の中に浮上した。
(……朝……)
 薄日が差し込む見慣れた天井にぼんやりとした頭でそう思いながら、顔を左隣へと動かす。
 白色のシーツの上、艶やかな黒髪が視界に入った。
 まだ微睡みの気配を含んでいた青色の瞳が一回、二回、瞬きを挟んでから本来の輝きを取り戻す。
 ロキ、とシギュンは隣にいる彼の名前を口にしようとして、やめた。
(まだ、寝ているのね)
 彼の瞼は閉じられて、ゆっくりとしていて深い規則正しい呼吸が聞こえてくる。
 ――珍しい。
 穏やかな寝顔を見つめながらシギュンは思った。
 ロキは目覚めが早い。遅い時間に眠ったとしても、地平から朝日が顔を出す頃にはすでに起きていることが多い。また、自分以外の生き物の気配に敏感で、たとえ深夜でもすぐに覚醒する。
 それは単に早起きの性格というよりは、これまでの生い立ちからなる性質からだ。心休まる場所で眠ることが少なかった彼が身につけた、生きるための術。
 だから、いつもなら自分よりも先に起きているはずのロキがまだ眠っていることに、シギュンは少し意外に感じて、嬉しさも覚えた。
 ロキ、ともう一度心の中でその名を呼ぶ。静かな呼吸音が耳に届く。
 普段のように、彼の緑がかった碧い瞳で見つめられながら「おはよう」と迎えられるのは嫌いではない。
 ――けれど、たまには、こんなのもいい。
「………」
 シギュンはそっと手を伸ばして長い黒髪に触れた。艶のある髪の毛はその見た目のとおり、指の間や手のひらの上をさらさらと流れるように滑っていく。
 暗色の髪は、アースの神々が住むこの世界アースガルドでは珍しい。とくに、夜の闇を切り取ったかのような黒髪をシギュンは他には知らない。
 初めてロキを目にした日のことを思い返す。
 爽やかな青空の下、金や白亜の建物群の中に現れた黒色にふと意識を奪われた。思わず立ち止まって彼を見ていると、「あれが巨人族の――」「オーディン様が連れてきた――」という周囲の会話が耳に入って、その人物が自分たちの主神が巨人の世界から連れてきた『ロキ』だということを知った。
 暖かな風に長い黒髪がなびく。陽光に照らされるその色はアースガルドの華やかな景色とは対照的な闇のように暗い色で、周囲からは気味悪がる囁き声が聞こえてきたが、シギュンはただ純粋に綺麗だと感じた。
(ロキ)
 起こさないように胸の内で彼を呼んで、黒髪と自分の金色の髪を手の上で重ね合わせる。
 朝と夜のような正反対の色。ふたりの生まれの違いが明確となって、同時に、今この瞬間に傍にいることを実感させる。
 ――幸せ。
 シギュンはわき上がってくる温かな心地をもう少し感じていたくて、そっと瞼を下ろした。