ロキとトール


【読まれる前に】
2018/10/14に発行した同人誌「Short Short Story」の中からの再録になります。
電子書籍とあわせてお手に取っていただきありがとうございました!

--------------------

「人間の子供の名前の付け方っていうのは、どこでも一緒なんだな。未来を願って今あるものから付ける、か。でも、俺から意見を言わせてもらうと、どこぞの雷神から名付けるのはもう少し慎重になったほうがいい。強いことはたしかだが、基本的に馬鹿だからな」
「……ロキ」
 背後から呼びかけられた。ロキが振り返ると、やや険しい顔をした赤髪の男が立っていた。
「やぁ、トール」
 自分の名前をなぞった声にも不機嫌な感情が滲んでいたがロキは全く気にすることなく、眼前の相手に応答する。
「人間達への祝福は?」
「終わった」
「そう。お疲れさま」
 ロキはどこまでも軽い調子で返すと、さっさと村の外に向かって歩き出した。
 顔を歪めたままのトールが足早に追いついて隣に並ぶ。
「さっきのはどういう意味だ?」
「気にすることはない。言った通りの意味だよ」
「………」
 考えているのか、トールは押し黙った。相変わらず眉間には皺が寄っている。
 そんな様子の相手をロキはちらりと見ると薄く笑んで、数秒間をおいてからつぶやくように言った。
「俺の名前の意味を知っているか」
 唐突な言葉にトールは不思議そうにしながら返事をする。
「いいや」
「だろうな」
 一つ息を吐いてから、ロキはどことなく感情の欠けた声音で告げた。
「『終わらせるもの』」
 トールは少し目を見開いた。
「嫌な名前だろ?」
 ロキは視線をトールに向けて言葉を続ける。
「名は体を表す、と言う。だとしたら、あんた達の長はとんでもない奴を拾ったことになる。前から思っていたんだが、トール、呑気に俺なんかと一緒にいていいのか? 俺がアースガルドにいることを許していいのか? あんたは『巨人殺しのトール』なんだろ?」
 その口調には皮肉や揶揄の響きを含んでいたが、トールに向けたロキの瞳は妙に真摯な光を宿している。
「……そうだな」
 しばしの沈黙を経てからトールが答える。
「たしかに俺は巨人殺しだ。けど、意味なんてとらえ方次第だろ。『終わらせる』すなわち『悪いこと』だとは、俺は思わない。終わらせてくれたからこそ、新しく築ける場合もある。だから、ロキ、おまえといることは悪くないと俺は思っている」
 言い切ったトールに冗談の気配はわずかもない。
 返答を聞くやロキは顔をしかめたが、すぐにいつもの平静なそれへと戻した。
 そして、短いため息を吐いた。
「トール、あんたはやっぱり馬鹿だな。さっきの人間達が可哀想だ」
「………」
 トールが再び眉を寄せる。
 ロキは口元に楽しげな笑みを浮かべて前を向いた。