いたずらの神が人間を助けるおはなし(サンプル)

北欧神話の小説です。
書下ろし1作を収録しています。

A5サイズ:24P:200円
2020/02/23「HARU COMIC CITY 26」で発行


◆表紙と本文のイメージ
 

 

*もう少し種類と大きめに見る→pixiv


◆本文サンプル
タイトル通り、ロキが人間を助ける話です。オーディンやトールも少し出てきます。
前半はシリアスめですが、後半は相変わらず、な感じです。
※本では縦書きになります

 ~いたずらの神ロキの人助け~

 これは、ひとりのいたずらの神さまのお話です。
 大勢の神さま達が住む世界アースガルドに、『ロキ』という名前の神さまがいました。
 ロキは頭がよく外見も美しい青年でしたが、やることのほとんどはいたずらばかり。彼の扱いには他のどの神さまもほとほと手を焼く、困った神さまでした。
 そんないたずら好きなロキですが、そのずる賢さを使って人間を巨人から助けたことがあります。

 人間の世界ミッドガルドのとある村に、母親、父親、息子の三人で暮らす百姓の家族がいました。
 あるとき、ひょんなことから父親が巨人の男スクリムスリと賭けをして、負けてしまいました。
 賭けに勝ったスクリムスリは言いました。
「賭けの賞品として、おまえの息子をいただこうか」
 それを聞いた父親は驚いて飛び上がりました。
 息子はたったひとりの大切な子供です。
 当然、その言葉に父親が首を縦に振るはずはなく、
「お願いします。それだけは勘弁してください。かわりのものなら、なんだって差し上げますから」
 精一杯に懇願しましたが、スクリムスリは聞く耳をもちません。
「明日の朝、息子をもらいにくる」
 そう言い残して、家から去っていってしまいました。
 一体、どうすればいいのでしょう。
 大切な息子を巨人に渡すなんてしたくありません。しかし、明日になればスクリムスリは言葉どおりにやってきて、無理矢理にでも息子を連れていってしまうでしょう。
 悩んだ夫婦は、アースガルドに住むオーディン神に祈りました。
「お願いします、オーディンさま。明日の朝、巨人スクリムスリが息子を奪いにきます。どうか巨人から、わたし達の大切な息子を守ってください」
 その祈りは届き、オーディンは夫婦のもとへやってきました。
「よかろう。では、息子をここに」
 オーディンは息子を自分のそばに呼ぶと、ぶつぶつと低い声で何かを唱え出しました。
 すると、息子は麦つぶに姿を変え、オーディンはそれを麦畑にある一本の麦の穂の中に隠しました。
 姿がなければ巨人は息子を連れていけない。これで息子は助かる。
 夫婦はほっと一安心しました。
 しかし、翌朝。スクリムスリはやってくるなり、麦畑の麦を片っ端から引き抜き始めました。そして、ある一本の穂をつかむと、今にも息子が化けている麦つぶを取ろうとしたのです。
 巨人の手が届く前にオーディンは息子を助け出し、かけていた魔法を解くと、
「これでわたしの役目は終わった」
 そう言って、帰っていってしまいました。
 困った夫婦は、次はヘーニル神に助けを求めることにしました。
「なら、わたしはこうしよう」
 願いを聞いたヘーニルは夫婦のところへやってくると、息子を綿毛に変えて、七羽いる白鳥のうちの一羽の羽毛の中に隠しました。
 ところが、またもやスクリムスリは息子が隠れている白鳥を捕まえて、その綿毛を取ろうとしたのです。
 それを見たヘーニルは危ういところで息子を助け出すと、夫婦に彼を戻して言いました。
「これでわたしの役目はすんだよ」
 ヘーニル神が去ってしまい、夫婦は悩みました。
 このままだと本当にスクリムスリに息子を渡さなくてはなりません。
 夫婦は最後の望みとして、ロキ神に祈りを捧げることにしました。
「いいだろう。では、わたしが言うものを用意してもらいたい」
 ロキは夫婦のもとへやってくると、まず近くの浜に扉の内側に太い鉄の棒がついた小屋を作らせました。そのあと、息子を遠くの沖まで連れていくとその姿を小さい麦つぶに変えて、海の底にいる大ヒラメの腹の中に隠しました。
 スクリムスリはやはり前と同じく、まるでそれを知っているかのように海に向かいました。
 船に乗ろうとしたとき、ひとりの男が現れてスクリムスリに言いました。
「この海は荒くて危険だ。もしも沖に行くのなら、わたしが一緒についていこう」
 スクリムスリは考え、何かあったときのためにひとりよりもふたりのほうがいいだろうと、男の申し出を受けることにしました。
 実は、その男は誰であろう、ロキが化けたものでした。スクリムスリの様子を見るために同行したのです。
 ふたりを乗せた船は沖へ出ました。ちょうど大ヒラメがいる場所までやってくるとスクリムスリは釣りを始めて、大ヒラメをあっさり釣り上げてしまいました。
 釣った大ヒラメを膝に乗せてスクリムスリが腹の中を探ろうとしたとき、大きく船が揺れました。そのせいで大ヒラメは船の上に落ちてしまいましたが、すぐにそばにいたロキが拾い上げてスクリムスリに手渡しました。その際、ロキは息子が化けている麦つぶだけをさっと抜き取ったのですが、スクリムスリは気づきませんでした。
 結局、息子を見つけられなかったスクリムスリは浜に戻りました。
 ロキは彼のそばから離れて、息子にかけていた魔法を解くとこう言いました。
「あの小屋に入って、中から鉄の棒のかんぬきをかけるんだ。いいね?」
 言われたとおり、息子は小屋に向かいました。
 スクリムスリはそれに気づき、怒った様子で追いかけてきました。
 追いつかれる前になんとか息子は小屋に入り、扉を閉じて鉄のかんぬきをかけました。
 スクリムスリは小屋の扉を開けようと取っ手を引きますが、いくら巨人でも、太い鉄の棒がかけられた扉をそう簡単に開けることはできません。
 ロキは急いで小屋に駆けつけると、スクリムスリの片足を切り落としました。
 しかし、切った足はすぐにくっついてしまい、全く効果がありません。
 そこで、ロキはもう一度片足を切り落とすと、今度はくっつく前に切り口に鉄と石を挟みました。すると、足はくっつくことができずに、たくさんの血を流してスクリムスリは息絶えてしまいました。
「さあ、もう心配いらない。これでわたしの役目はすんだよ」
 ロキは息子を夫婦のもとに返して、そう言うと帰っていきました。
 夫婦と息子は抱き合って喜びました。
 こうして、いたずらの神ロキのおかげで、百姓の家族は巨人におびえることなく、平和に暮らすことができるようになりました。

 めでたし、めでたし。



 逃げろ。走れ。捕まるな。
 足がもつれて転びそうになろうとも。突き出した枝や茂る葉に体を傷つけられようとも。全ては助かるために。追ってくるあいつに捕まらないために。
 少年はそう自分自身に言い聞かせて、振り返ることをせず、まるで止まることを知らないかのように必死で走り続ける。
「はぁっ、はぁっ」
 しかし、小さな体では限界も早い。呼吸は荒く、走り出したときよりも駆ける足は重くなっている。ふとすれば崩れ落ちてしまいそうだ。
 それでも、少年は助かりたい一心でひたすら足を前に進める。
(だれか……だれか……)
 追ってくるあの恐怖から、自分を救ってほしい。
 ここは鬱蒼とした森の中だ。助けてくれる何者かがいる可能性は低い。
 わかっていても、少年はかすれた声で叫ばずにはいられなかった。
「だれか、たすけて……!」

   ◆

「ん……?」
 人の声を聞いたような気がして、太い木の枝上で微睡んでいたロキは瞼を開いた。幹から背中を離して、碧眼で注意深く地上を見下ろす。
 視界に映るのは、草木が生い茂る森の一部だ。そのまま少し待ってみたが、緑ばかりの景色に変化はない。
(気のせいか?)
 そう思ったとき、かさっと乾いた音が上のほうでした。
 ロキが視線を頭上に向けると、白い身に黒筋の入った尾をした小鳥が一羽、右斜め上の枝の先に現れて、翼を広げると空高く飛んでいった。
(……気のせいだな)
 他には何の異変も見当たらず、ロキは幹に体をもたせかけた。
 日が暮れるまでにはまだまだ時間がある。急いでやる気を出さなくとも大丈夫だろう。
 だから、もう少し休もうとロキは瞼を閉じた。
 ふわりとした風が頬を撫でて、長い黒髪を揺らし、周囲に葉擦れの音を響かせる。呼吸の度に、森林特有の湿っぽさを帯びた植物のにおいが優しく肺に落ちる。重なる木の葉の間からこぼれ落ちる陽光は、森の中をやわらかく照らす。
 ほどよい静けさと暖かさが心地良い。
 再びロキの意識が体の奥に沈んでいく。
 微睡み、それを越えるまであと少し。
「………」 
 ゆるりと開いた碧眼が光を映した。本能に引っ張り上げられた虚ろな意識が急速に醒めていく。
 ――何か、くる。
 穏やかな空気の中に妙な気配を感じ取って、ロキはもう一度半身を起こした。
 まだ距離はあるが、わかる。肌にひりつくような、刺々しい感じがする。良くないものの類だ。
(狼? 熊?……いや)
 獣ではないと記憶がロキに警告を発する。こちらに近づいてくるのは、腹を空かせた獣よりももっと質の悪いものだ。
(巨人、か? なんでこんなところに……。これ以上の厄介ごとはごめんだな)
 巨人族の大半は気性が穏やかではない。出会ったら高確率で面倒なことに発展する。とくにロキは彼らの一部には大変嫌われている。
 出くわしてしまう前にこの場を離れよう。すぐにロキは決めて木から飛び降りた。
 かさがさと音がして、目の前の茂みが揺れる。
「!?」
 まさか。思っていたよりも早い。
 ロキはとっさに後ろに下がって、揺れる茂みと距離をとった。
「――あっ!」
 茂みから飛び出してきたものが、高い声を発して地面に転がった。
 それは、薄い色合いをした金髪の、小さな体だ。服の上からでも細いとわかる四肢はロキの予想とはかけ離れている。
(子供……?)
「ぅ……」
 子供が両手を地面につけて、倒れた体をのろのろと起こした。土で汚れた顔を上げ、きょとんとするロキと目が合った瞬間、その青色の瞳を大きく見開いた。
「たすけて!」
 立ち上がった子供が叫んで、ロキに駆け寄って腰にしがみつく。
「お、おい……」
「たすけて! おねがい!」
 かすれた声を張り上げる子供のあどけない顔は憔悴し、両目には今にもこぼれそうな涙が浮かんでいる。
 人間の、男の子供だ。切羽詰まった様子からただごとではないとわかる。