ナリとナルヴィの冒険(サンプル)

北欧神話の小説です。
書下ろし1作を収録しています。

ロキの息子であるナリとナルヴィが冒険に出かける話です。
前半はナリ達の視点、後半はロキの視点になります。ロキシギュ要素が入ります。

A5サイズ(コピー本):28P:無料
テキレボEX2で発行


◆表紙と本文のイメージ
 

 


◆本文サンプル ※本では縦書きになります

「そういえば、おれ今度、親父と一緒にミットガルドへ行くんだ」
 短く切り揃えた赤い髪の上に落ちてきた木の葉を片手で払いながら、思い出したようにマグニが言った。
「え? あ、わっ……!」
 脈絡もなく発せられた言葉に、近くで落ちてくる葉をつかもうとつま先立ちで両手を頭の上に伸ばしていたナルヴィは、勢いよく顔を振り向かせた拍子に体勢を崩した。
 足の裏が地面から離れて体が後ろに傾く。
 しかし、小さな体が地面とぶつかることはなかった。
「もう、なにしてるんだよ、ナルヴィ」
 倒れかけたナルヴィの体をそれより少し大きな体が支えていた。
「ごめん……ありがとう、兄さん」
 身を起こしたナルヴィが似た色合いの金髪と緑がかった青い瞳をもつ年上の少年、兄であるナリを見てはにかむように笑った。
「大丈夫か?」
 マグニが申し訳なさそうにふたりのそばに寄る。
「へーき」
「今のはナルヴィが悪いんだから、マグニは気にしなくていいよ」
「ねぇ、マグニ、ミッドガルドへいくってほんと?」
 危うく転倒しかけたことなどもう遠い昔のこととでもいうように、すっかり普段のやんちゃな性格を取り戻したナルヴィが好奇心を隠さずに聞く。
「ああ」
 期待のこもった明るさに触発されたように、マグニの顔にも笑みが浮かんだ。
「三日間だけどな。親父が早いうちにミッドガルドがどんなところか、見て知っておいたほうがいいって。ちょっと冒険もするんだ」
「いいなー。ミッドガルドに冒険かぁ」
「ぼくもいってみたい」
 ふたりがほぼ同時に感想をこぼすと、マグニは少し不思議そうに首をかしげた。
「ロキさんもよくミッドガルドに行ってるんだろう? 連れて行ってもらえないのか?」
「お父さん? うーん……」
 ナリが表情を曇らせてナルヴィを見た。合わさった視線にこめられた意味を悟ったようにナルヴィの顔も陰りを帯びる。
「前に言ったことはあるけど……あぶないからだめって言われた」
「もう一度言ってみろよ。おれのように、今後のために、とか言ってみてさ」
「いけるかな?」
「何事もやってみないとわからないだろ」
「できるかな?」
「大丈夫だって!」
 マグニの前向きな後押しにふたりの表情が晴れる。
「うん」
「もう一回言ってみる!」
「頑張れよ」
 目を輝かせて応えたナリとナルヴィの頭を、マグニは声援をかけながら撫でた。


「ミッドガルドへ行きたい? 冒険? おまえ達はまだだめだ」
 返答には少しの躊躇いも思案もなかった。
 面倒くさげな表情でロキに希望を一蹴されて、ナリとナルヴィはそろって唇をとがらせる。
「前もそう言ったー!」
「いつになったらいいの?」
「マグニはトールさんがつれていってくれるって」
「外を早いうちに見ておいたほうがいいって言ってた!」
「ぼく達もいきたい、冒険したい!」
「だめだ」
 不平不満と説得を重ねるが、風に吹かれる岩のように答えは全く微動だにさせられなかった。
 ロキが子供達から視線を外して玄関のほうへ歩き出す。
「お父さん!」
 長い黒髪の流れる背中をナリが追い、ナルヴィもそれに続く。
 玄関の扉の前でロキは立ち止まると、顔だけでふたりに振り向いた。その表情は変わらず、この状況にたいしての煩わしさが浮かんでいる。
「おまえ達がミッドガルドに行くのも、冒険もまだ早い」
 断言して、碧色の瞳が正面に並ぶナリとナルヴィからその奥に移された。
「シギュン、じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい。気をつけて」
 ロキの視線を青色の瞳で受け止めて穏やかに答えたのは、金髪を後頭部で結い上げたひとりの女性、彼の妻であるシギュンだ。
 ロキが前に向き直って扉を開く。
「おとーさん!」
「待って!」
 家の外に出ていくロキを追いかけようとしたナリとナルヴィの小さな肩に、そっと手のひらが乗せられた。強い力ではないのに、踏み出そうとしたふたりの足が止まる。
「ナリ、ナルヴィ」
 優しい声音が名前を呼ぶ。閉まっていく扉を気にしながらも、ふたりは後ろを振り返った。
「お母さん……」
 シギュンがしゃがんで目線を合わせ、子供達を慰めるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「お父さんの言うとおり、あなた達にはまだ早いわ。もう少し大きくなったら、連れて行ってもらいなさい。ね?」
「……うん……」
「……はい……」
 うなずくも、ふたりの表情と声にはまだ悔しさが滲んでいる。
「ナリ、ナルヴィ」
 うつむきがちの小さな頭をシギュンが撫でて、笑顔で立ち上がった。
「おやつにクッキーを焼こうと思っているの。手伝ってくれる?」


 甘く香ばしい匂いが室内に漂う。
 丸皿にのった、狐色に焼けた四角いクッキーを小さな手がつまんで口に運ぶ。
 さくっ。さくっ。
 噛めば、クッキーはほどよく崩れていき、胡桃の香ばしさと温かな甘味が口内に広がる。
 美味しい、しかし、普段ほど幸せな気分にナリはなれなかった。
 隣で一つ目のクッキーをあっという間に胃の中に放り込んだナルヴィが、早くも二つ目に手を伸ばす。
「ねぇ、ナルヴィ」
「ん?」
 ナルヴィはクッキーのほうに手をやったままで、控えめな呼び声に振り向いた。
 ナリが自分と同じ色合いの瞳をどこか真剣な光を宿して見据える。
「ぼく達がミッドガルドにいってもだいじょうぶだってこと、お父さんやお母さんにわかってもらおう」
 いつもよりも強い口調に澱みはない。兄が本気だと知れて、ナルヴィは少し戸惑った様子で聞き返す。
「どうやって……?」
「ぼく達だけで北の森にいって、木の実を取ってくるんだ」
「でも……北の森は、ぼく達だけでいっちゃいけないって」
「だから、いくんだよ! ぼく達だけで木の実を取ってこられれば、お母さんもお父さんもぼく達が冒険できるってわかってくれる! そしたら、ミッドガルドにもつれていってもらえる!」
「ミッドガルドに……」
 兄の力説に、ナルヴィの表情が太陽を覆っていた雲が晴れた空のように明るくなる。クッキーのほうに伸ばしていた腕を戻して、胸のあたりでぎゅっと手を握りしめた。
「うん、いく!」
「よし、お母さんとお父さんが帰ってくる前にいこう」
 ナリとナルヴィは一度うなずきあうと、椅子から立ち上がった。