東海路線鉄擬 Vol.1 (サンプル)

鉄道擬人化の小説です。
HPに掲載した話3作と書下ろし1作、各話のあとがきを収録しています。

・Web再録
 「あの背中を覚えている」(飯田線)
 「過去を思い、未来を想う」(名古屋本線)
 「おかげさまで」(東海道幹線)
・書下ろし
 「始まりと終わり」(東海道本線)

B6サイズ:80P:500円
2018/10/14「名古屋コミティア53」で発行

擬人化王国16で発行した本に加筆修正を加えてリニューアルしました。
前回の本をお持ちの方は、イベント頒布時に持参して頂ければ今回のものと無料で交換します。


◆表紙と本文のイメージ
 

 

*もう少し種類と大きめに見る→pixiv


◆書下ろしのサンプル
「始まりと終わり」
 民営化が目前に迫った国鉄時代の話です。主役は東海道本線。
 ※本では縦書きになります

 ホームから駅の構内に入れば、昼間とは違った賑やかさに意識がやわらかく包まれた。
 どこか夢うつつの空気が横たわるそこを見渡せば、自分と同じ列車から降りてきた者、これから列車に乗る者、夜行列車を待つ者。老若男女、様々な人間の姿がある。
 まだ業務は終わってないが、一日の境を感じるこの光景を目にするとほっとする。
 とくに、周囲の環境がごたごたしている現在は。自分が今いる組織が、国から、民から、内外であれこれと言われているが、鉄道という己の存在意義は失われてないことが実感できて、強い安堵を覚えた。
 ポケットから懐中時計を取り出して現時刻を見る。
 ……ちょうどよさそうだ。もう一人の東海道の頑張り屋さんを労いに行くとするか。
 風呂敷包みが手にあることを確認してから、駅員に挨拶をして改札を出た。出口とは別の通路を進んでいく。
 この時間は、人波という言葉を具現したようにごった返す光景が嘘のように人影はまばらだ。
 そんな中、曲がり角の向こうから現れた、長い黒髪を揺らしながら歩くスーツ姿の女性が目についた。
 周囲の他の人間とは一線を画した、冬の早朝のような冷たさを感じる凛とした気配をまとうその人物には、たしかな見覚えがあった。
 足の速度を落とす。こちらのほうへやってくる相手がそのまま通り過ぎるのなら、それでもよかった。
 しかし、肩が横に並ぶよりも早くに、茶色を帯びた黒の瞳がまっすぐに自分をとらえてきた。
 見つめ返して、足を止める。
 女性も二歩ほど距離を置いて立ち止まった。
「東海道本線、こんばんは」
「こんばんは、JR東海殿。こんな夜遅くまでもう仕事をしとるのか? 大変じゃのう」
 発した言葉以外の他意はなかったが、相手はそうとは思わなかったらしい。強い眼光の瞳をさらに鋭く光らせて言い返してきた。
「当然でしょう。民営化はゴールではなくスタートよ。これからのために、私がやるべきことは山ほどあるわ」
「頼もしいのう。じゃが、今後のわしらにとっては大切な身じゃ。無理をするではないぞ」
「……貴方もね」
 四月からJR東海となる彼女はありありと不満げな表情を浮かべたが、それ以上の応酬はしてこなかった。
「それじゃあ」
 その一言を最後にさっさと歩き出して横を通り過ぎていく。こちらを一瞥もくれなかった。
 毅然と歩き続けるその背中に、思わず笑みがこぼれてくる。
 まだまだ若いのに、いい気迫の持ち主だ。
 あらためて彼女に期待を覚え、自分も歩みを再開した。
 人の数はさらに減っていき、目的の場所に着いた頃には周囲はすっかりがらんとしている。
 ――今日の新幹線の運行は、無事に終わったようだな。
 内心で密かにほっとして、まだ人の気配の残る改札の窓口へ歩み寄った。
「お疲れさま。シンの奴はまだおるかのう?」
 中にいた見知った駅員にシン――東海道新幹線のことを尋ねれば、駅員は掲示板のある壁のほうをちらと見やってからうなずいた。
「改札内にいると思います。入りますか?」
「ああ。ありがとう」
 足を踏み入れた改札内も乗客の姿はとうになく、静けさに包まれている。
 さて、あいつは何番ホームにいるだろうか。
 半ばより前で一旦立ち止まって、ホームに続く階段を手前から順に見ながら考える。
 カツ、カツ、カツ。
 最奥までやった視線を一番近くの階段に戻したとき、硬い靴音が上のほうから聞こえてきた。
 下りてくる。
 察してその場で待っていると、中間の階段から自分と同じ黒色の制服を着た男が一人現れた。
 一目で間違いなく、探している人物だとわかった。
 人混みだろうとそうでなかろうと、やはりあの白く長い髪には目を引かれる。
 ……うん?
「シン」
 呼びかければ、通路に下りたシンはこちらに気づいて眉を寄せた。振り向く動きで背中の白髪が揺れる。
「またあんたか」
 鬱陶しげな声を出しているくせに、シンはちゃんと自分のそばまで歩いてきて止まった。
 近くに来ると、発見した異変が見間違いではないことがわかった。
「……なんだよ」
 シンの怪訝に、自分も不思議に思ったことを問いとして返す。
「おぬし、いつから普段も髪を結うようになった?」
「あ……」
 目を見張り小さく声を上げたシンが自身の髪を後ろ手で触って、たちまち渋面を作った。
 普段、シンの髪は背中に流された状態にされている。結ぶのは式典とかお偉いさんと会うときとか、そういった限られた場面だけだ。結ったほうが見栄えがいいし風が強いときでも楽なのにそれをしないのは、シン曰く、面倒臭いから、だそうだ。
 もっともそこには他に、周囲と容易く迎合したくない意思も込められているのだろう。髪を、国の路線の証である銅色から白色に変えてしまったように。
 今、首のあたりで一本に結んでいる髪型は、顔や肩にかかる量が減った分だけ相手が本来もつ快活さが表れていて好印象だ。
「すっきりとしていいのう」
「……俺が好きでしたんじゃない。あいつ……JR東海が、勝手にしたんだ」
「ほう」
 言い辛そうに発せられた言葉に、通路で会った彼女のことが脳裏を過ぎった。
 なるほど。思っていた以上にやり手だな。
「っ……、それで、ジジイは何の用なんだよ!」
 記憶の中の彼女に感心していると、正面に立つシンは顔をみるみる赤くして声を荒くした。
 どうやらこれ以上はこの話題は避けたほうが無難のようだ。自分とはともかく、彼女とシンの仲が悪くなっては困る。
 少し名残惜しかったが、当初の目的を告げることにした。