東海路線鉄擬 Vol.2 (サンプル)

鉄道擬人化の小説です。
HPに掲載した話4作と書下ろし1作、あとがきを収録しています。

・Web再録
 「祝、飯田線全通80周年 1~4」(飯田線)
・書下ろし
 「これからの先へ」(飯田線&東海道新幹線)

B6サイズ:80P:500円
2018/10/14「名古屋コミティア53」で発行


◆表紙と本文のイメージ
 

 

*もう少し種類と大きめに見る→pixiv


◆書下ろしのサンプル
「これからの先へ」
 全通80周年を迎えた飯田線と東海道新幹線の話。
 飯田線と東海道新幹線の二人の視点になっています。
 ※本では縦書きになります

 飯田駅からいつもより多くの人を乗せた特急伊那路は、定刻通りに豊橋駅に到着した。
 乗客が全員降りたことを確認してから、おれも列車を降りる。
「飯田線、お疲れ様」
「……東海道本線?」
 ホームに両足を着いた直後にかけられた声に、改札とは逆のほうに振り向けば、ホームの端に立ってこちらを見ていたのは間違いなく彼だった。
 なんだ……?
 疑問が浮かぶ。ここは東海道本線も使用する四番線ホームだから、たまたま会ったことにたいする挨拶かと最初思ったが、それにしては普段と雰囲気が違うように感じた。
「昨日今日と問題が起こらなくてよかったのう」
 実際、違った。いつもなら軽い挨拶をしてすぐに別れるのに、東海道本線はおれの前まで来ると足を止めた。
「ああ」
 怪訝に思いながらも、とりあえずおれは返事をする。だが、あれ以上の言葉は出てこなかった。
 疑問を抱きながら立ち尽くしていると、東海道本線は片手を伸べてきた。そこには大きな白無地の紙袋が一つある。
「ほれ、おぬしの全通八十周年祝い、わしとシンからじゃ」
「え……」
 おれは言われた言葉を頭の中で繰り返して、差し出されている紙袋と東海道本線を交互に見やった。
 東海道本線からおれに祝い……? 贈り物だって?
 そんなこと、これまでに一度もなかったことだ。
 しかも、彼が言う『シン』って、たしか東海道新幹線のことじゃ……?
 おれの聞き間違いか。
「どうした? わしとシンからの贈り物、遠慮せずに受け取れ」
 間違いではなかった。
「ああ、ありがと……」
 おれは驚きが引かないまま、促されるままに紙袋を受け取った。
 大きさに比べて重さはあまりない。東海道本線と東海道新幹線からの贈り物とは一体何なんだろうか。
 気になってたまらず、上から紙袋の中身を見た。
 見覚えのある、リスとウサギの絵が描かれた小袋が大量に入っている。
「おい、これ……」
「駄菓子、ラムネじゃ。食べたことあるじゃろ?」
 困惑するおれに東海道本線がさらりと応える。
 違う、そういうことが聞きたいんじゃない。
 おれは呼吸を一つ置いてから、あらためて問いを口にした。
「なんで、ラムネばかりこんなにあるんだ。別に、おれはラムネ好きってわけじゃないんだが……」
 全部かどうかはわからないが、傾かせて見てみても、紙袋の中にはラムネの小袋しか見えない。
「わしはおぬしの好きなものを知らん。じゃから、消去法でそれにしたんじゃ」
「消去法……?」
「疲れたときには糖分じゃろ?」
「そうだが……」
「この時期、チョコやアメは溶けてしまうからのう」
「そう、だな……」
 東海道本線の飄々とした態度は相変わらずで、疑問は解決されてないがこれ以上尋ねるのが嫌になってきた。
 おれはもう一度紙袋の中身を見る。やっぱり、ラムネしかない。
 これ、いくつ入ってるんだ。絶対一人にあげる量じゃないだろう。
「なんじゃ、不満か?」
 その言葉に顔を上げれば、東海道本線は少し眉をひそめていた。
 不満か、そうでないか、なんて聞かれたらそんなの……。
「いいや……ありがたくもらうよ」
 心の声を無視しておれは言った。
 すでによくわからない状況なのだから他の面倒事が増えるのは避けたい、本音よりもその思いが勝った。
「そうか」
 東海道本線がしかめっ面をやめて微笑を浮かべた。
「もし、おぬしだけでは食べ切れぬようなら、他の者に分けてやれ。おぬしの記念にかけて八十個入っておる」
「は、はちじゅう……?」
「ではな。これからも頑張るんじゃぞ」
 驚くおれにかまわず、東海道本線は横を通り過ぎて去っていく。そんな彼について行くかのように、停車していた列車が静岡方面に向かって走り出す。
 ホームに重たい走行音が響き、髪や服を揺らす風が起こり、ほどなくして元の静けさが戻ってくる。
 おれは東海道本線の消えた景色から視線を引きずり下ろして、手に持つ紙袋を見た。
 ――ラムネ菓子が八十個。
「これは、嫌がらせなのか……?」
 変な疲労を感じて、ため息を吐かずにはいられなかった。

   ◇

 左手に持つ小袋から、白色の円形の小さな粒を一つ取り出して口に放り込む。ほんのりとした甘みを感じるそれを口内で少しだけ転がし、表面が柔らかくなってきたところで一噛みすると簡単に砕けて、さわやかな甘さが広がった。独特な粉っぽさも合わせておいしい。
 後味を楽しみながら、俺は小袋の中を見る。今食べた白以外に淡いピンクや黄色が入っている。
 さて、次はどれにしよう。
「シン、おるか?」
 考えて手を止めたとき、事務室の扉をノックする音と声が聞こえてきた。
 東海道本線か。
「いるぞ」
「失礼する」
 返事をすれば、予想通りに、海道本線が入ってきた。
 俺を見たその顔が微笑みを浮かべる。
「おぬしは相変わらずそのラムネが好きじゃのう」
「うるさい」
 俺は小袋からピンク色を取って口に運んだ。ラムネのさわやかさにイチゴの味が重なって、先程とは別のおいしさを感じる。
「で、何の用だ?」
 尋ねながらもう一つラムネを食べる。
「飯田線に全通記念のプレゼントを渡しておいたぞ」
「……本当にやったのか……」
 驚きと呆れに、レモンの味を堪能する余裕がなくなった。口の中の粘つくような甘みと酸味を喉の奥に呑み込む。
「何を言っておる。おぬしの案じゃろ?」
「……俺は、別に、渡したい、とは言ってない」
 当然というような態度でされた返事に言い返したが、俺は舌の根に苦いものを感じずにはいられなかった。
 飯田線にお祝いを渡したい、とは言ってない。が、それに近いようなことは言った覚えがあった。
 あれは、今から五日前のことだ。
 豊橋駅で昼食をとろうと駅ビルのレストラン街に行く途中、通りかかった在来線の改札になんとなく目をやったとき、俺は思わず足を止めた。
 改札を入ってすぐ正面のところに、『祝、飯田線全通80周年』と上部に書かれた大きなパネルが設置され、そのタイトルの下には駅や車両の写真、手書きの文章が書かれた紙が貼られている。隣にはポスターとパンフレット、八月二十日までのカウントダウンも置いてある。
 在来線の改札はすっかり飯田線のお祝い一色だ。ここは東海道本線や私鉄の駅でもあったよな……?、と疑いたくなるほどに。
 正直、びっくりした。
 同時に、ほっとした。
 ちゃんと、自分のところでも盛大に祝ってもらえてるんだな。
 名古屋駅でのイベントのことを思い出して、俺は思う。準備を手伝ったあと、何度かあの日と翌日にイベントの様子を見に行ったが、どちらもなかなか賑わっていた。
 リニア中央新幹線の絡みで東海の奴からこれから先、難題をふられそうで心配だったが、周りがこれなら大丈夫そうだ。
「シン? こんなところで何をしておる?」
 突然聞こえてきた声にたちまち感慨が引いていく。
 俺は顔をしかめた。
 しまった。全然気がつかなかった。
 っていうか、なんで今日に限ってこの時間に同じ駅にいるんだよ。
「シン」
 ……しょうがない。
 しぶしぶ俺は呼び声のほうに振り向いた。
 ちょうど、東海道本線がそばまで来て立ち止まったところだった。