ナリとナルヴィの冒険 1


【前書き】
2021/04/14に無料配布として発行しました。Webに再録します。
お手に取って頂きありがとうございました!


「そういえば、おれ今度、親父と一緒にミットガルドへ行くんだ」
 短く切り揃えた赤い髪の上に落ちてきた木の葉を片手で払いながら、思い出したようにマグニが言った。
「え? あ、わっ……!」
 脈絡もなく発せられた言葉に、近くで落ちてくる葉をつかもうとつま先立ちで両手を頭の上に伸ばしていたナルヴィは、勢いよく顔を振り向かせた拍子に体勢を崩した。
 足の裏が地面から離れて体が後ろに傾く。
 しかし、小さな体が地面とぶつかることはなかった。
「もう、なにしてるんだよ、ナルヴィ」
 倒れかけたナルヴィの体をそれより少し大きな体が支えていた。
「ごめん……ありがとう、兄さん」
 身を起こしたナルヴィが似た色合いの金髪と緑がかった青い瞳をもつ年上の少年、兄であるナリを見てはにかむように笑った。
「大丈夫か?」
 マグニが申し訳なさそうにふたりのそばに寄る。
「へーき」
「今のはナルヴィが悪いんだから、マグニは気にしなくていいよ」
「ねぇ、マグニ、ミッドガルドへいくってほんと?」
 危うく転倒しかけたことなどもう遠い昔のこととでもいうように、すっかり普段のやんちゃな性格を取り戻したナルヴィが好奇心を隠さずに聞く。
「ああ」
 期待のこもった明るさに触発されたように、マグニの顔にも笑みが浮かんだ。
「三日間だけどな。親父が早いうちにミッドガルドがどんなところか、見て知っておいたほうがいいって。ちょっと冒険もするんだ」
「いいなー。ミッドガルドに冒険かぁ」
「ぼくもいってみたい」
 ふたりがほぼ同時に感想をこぼすと、マグニは少し不思議そうに首をかしげた。
「ロキさんもよくミッドガルドに行ってるんだろう? 連れて行ってもらえないのか?」
「お父さん? うーん……」
 ナリが表情を曇らせてナルヴィを見た。合わさった視線にこめられた意味を悟ったようにナルヴィの顔も陰りを帯びる。
「前に言ったことはあるけど……あぶないからだめって言われた」
「もう一度言ってみろよ。おれのように、今後のために、とか言ってみてさ」
「いけるかな?」
「何事もやってみないとわからないだろ」
「できるかな?」
「大丈夫だって!」
 マグニの前向きな後押しにふたりの表情が晴れる。
「うん」
「もう一回言ってみる!」
「頑張れよ」
 目を輝かせて応えたナリとナルヴィの頭を、マグニは声援をかけながら撫でた。


「ミッドガルドへ行きたい? 冒険? おまえ達はまだだめだ」
 返答には少しの躊躇いも思案もなかった。
 面倒くさげな表情でロキに希望を一蹴されて、ナリとナルヴィはそろって唇をとがらせる。
「前もそう言ったー!」
「いつになったらいいの?」
「マグニはトールさんがつれていってくれるって」
「外を早いうちに見ておいたほうがいいって言ってた!」
「ぼく達もいきたい、冒険したい!」
「だめだ」
 不平不満と説得を重ねるが、風に吹かれる岩のように答えは全く微動だにさせられなかった。
 ロキが子供達から視線を外して玄関のほうへ歩き出す。
「お父さん!」
 長い黒髪の流れる背中をナリが追い、ナルヴィもそれに続く。
 玄関の扉の前でロキは立ち止まると、顔だけでふたりに振り向いた。その表情は変わらず、この状況にたいしての煩わしさが浮かんでいる。
「おまえ達がミッドガルドに行くのも、冒険もまだ早い」
 断言して、碧色の瞳が正面に並ぶナリとナルヴィからその奥に移された。
「シギュン、じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい。気をつけて」
 ロキの視線を青色の瞳で受け止めて穏やかに答えたのは、金髪を後頭部で結い上げたひとりの女性、彼の妻であるシギュンだ。
 ロキが前に向き直って扉を開く。
「おとーさん!」
「待って!」
 家の外に出ていくロキを追いかけようとしたナリとナルヴィの小さな肩に、そっと手のひらが乗せられた。強い力ではないのに、踏み出そうとしたふたりの足が止まる。
「ナリ、ナルヴィ」
 優しい声音が名前を呼ぶ。閉まっていく扉を気にしながらも、ふたりは後ろを振り返った。
「お母さん……」
 シギュンがしゃがんで目線を合わせ、子供達を慰めるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「お父さんの言うとおり、あなた達にはまだ早いわ。もう少し大きくなったら、連れて行ってもらいなさい。ね?」
「……うん……」
「……はい……」
 うなずくも、ふたりの表情と声にはまだ悔しさが滲んでいる。
「ナリ、ナルヴィ」
 うつむきがちの小さな頭をシギュンが撫でて、笑顔で立ち上がった。
「おやつにクッキーを焼こうと思っているの。手伝ってくれる?」


 甘く香ばしい匂いが室内に漂う。
 丸皿にのった、狐色に焼けた四角いクッキーを小さな手がつまんで口に運ぶ。
 さくっ。さくっ。
 噛めば、クッキーはほどよく崩れていき、胡桃の香ばしさと温かな甘味が口内に広がる。
 美味しい、しかし、普段ほど幸せな気分にナリはなれなかった。
 隣で一つ目のクッキーをあっという間に胃の中に放り込んだナルヴィが、早くも二つ目に手を伸ばす。
「ねぇ、ナルヴィ」
「ん?」
 ナルヴィはクッキーのほうに手をやったままで、控えめな呼び声に振り向いた。
 ナリが自分と同じ色合いの瞳をどこか真剣な光を宿して見据える。
「ぼく達がミッドガルドにいってもだいじょうぶだってこと、お父さんやお母さんにわかってもらおう」
 いつもよりも強い口調に澱みはない。兄が本気だと知れて、ナルヴィは少し戸惑った様子で聞き返す。
「どうやって……?」
「ぼく達だけで北の森にいって、木の実を取ってくるんだ」
「でも……北の森は、ぼく達だけでいっちゃいけないって」
「だから、いくんだよ! ぼく達だけで木の実を取ってこられれば、お母さんもお父さんもぼく達が冒険できるってわかってくれる! そしたら、ミッドガルドにもつれていってもらえる!」
「ミッドガルドに……」
 兄の力説に、ナルヴィの表情が太陽を覆っていた雲が晴れた空のように明るくなる。クッキーのほうに伸ばしていた腕を戻して、胸のあたりでぎゅっと手を握りしめた。
「うん、いく!」
「よし、お母さんとお父さんが帰ってくる前にいこう」
 ナリとナルヴィは一度うなずきあうと、椅子から立ち上がった。


「ナルヴィ、こっち」
 ナリが小声で言い、ナルヴィの手を引く。できるだけ他者に見られないように、ふたりは人気の少ない建物の陰を選んで足早に歩いていく。
 馴染みのある道だが、こうやってこそこそと進んでいくのは初めてで、吸う空気、目に見える景色が新鮮に感じられて、妙に胸がどきどきして楽しい。
「ここを曲がって……あ」
 ナリが踏み出した足を引っ込めて後ろに下がった。
「どうしたの?」
「だれかくる。かくれよう」
 曲がり角の向こう側からこちらのほうに歩いてくる男女の姿が見えた。
 ナリはナルヴィとともに建物に張りつくようにして身をひそめる。
「こっちにきたらどうしよう?」
「そのときは後ろに走ってにげよう」
 不安げなナルヴィにナリがそう言って、立てた人差し指を唇に当てた。ナルヴィは両手で口を覆ってうなずいた。
 徐々に足音が、話し声が近くなる。
 隠れるふたりの緊張と恐怖は増していき、今にもこの場から走り出したい衝動に駆られる。
(だいじょうぶ、だいじょうぶ……)
 ナリは速くなる心臓の鼓動が外に聞こえてしまいそうな気がして、両手で胸を押さえた。
「……そうね、」
 女性の明るい声、男性の笑い声、足音。男女の姿が視界に現れる。
 ナリは反射的に視線を足元に落とした。息をさらにひそめる。
 伸びる人影が小さな靴の上にかかる。ゆっくりと動くそれが焦れったい。早く過ぎ去ってくれ。
「……あっ」
 何かに気づいたような声がして、不意に人影の動きが止まった。
(見つかった……?)
 ナリの背中に冷たいものが走る。手の下で心臓が激しく波打つ。
 足元で人影が動く。前へ進む様子ではない。
 ナリは右足を小さく後ろに引いた。
 ――声をかけられたら、こっちにきたら、ナルヴィの手をつかんで後ろに走る。
「あら、いけない。道、ここじゃないわ」
「本当だ。もう一本前だったかな。戻ろうか」
 はっとした女性の声に男性が応えると、人影は足早に来たほうへ動いていった。
 足音は遠ざかり、気配も消える。戻ってくる様子はない。
(よかった……)
 ナリはほっと胸を撫で下ろした。
「ナルヴィ、もうだいじょうぶだよ」
 まだ口を手で覆ってぎゅっと目をつむっている弟に優しく呼びかけると、緑がかった青い瞳が恐る恐るといった動きでこちらを見た。
 ナリがうなずくとナルヴィは口から手を離してふぅ……と息を吐き、強張っていた表情を柔らかな笑みに変えた。
「今のうちにいこう」
 ナリがナルヴィの手を取って歩き出す。
「ねぇ、兄さん。さっきの、なんだか冒険してるみたいでどきどきしたね」
 どこか浮き足立つような響きのあるナルヴィの言葉に、ナリは顔だけで振り向いて、
「うん」
 笑顔でうなずいた。


 森の中へ進めば進むほど、周囲の緑は濃さを増して、辺りは薄暗くなっていく。
「わっ!」
 不意にナルヴィが声を発して不安定な足踏みをした。わたわたと上げ下げする足のあたりから、手のひらほどのとかげが一匹、素早い動きで地面を這って横の茂みの中に消えていった。
「ナルヴィ、だいじょうぶだよ。ここには悪いものはいないから」
 恐がる弟にナリが安心させるように言って握る手の力を少し強くする。
 ふたりの住む世界――アース神族の国アースガルドには悪意をもった生き物は住んでいない。血で汚されない美しい世界を望み、創られた場所だからだ。
「う、うん……」
 しかしそうと知っていても、生い茂った草木や湿り気を帯びたにおいは、馴れない心をじわじわと脅かす。ナルヴィは空いてるもう一方の手で兄の腕をつかんで身を寄せた。
「木の実は、まだ……?」
「もう少し奥だよ。ナルヴィ、下気をつけて」
 地面からうねるように顔を出した木の根や転がる石に足をとられないよう慎重に、ナリとナルヴィは進んでいく。
 どこからか鳥の鳴き声が聞こえてくる。虫が顔の横を羽音を鳴らしながら飛んでいく。茂みから伸びた細い枝が小さな肩や腕に擦れて乾いた音を立てる。
 後ろを振り返れば、見えるのは森の緑。前を向いても続く景色は同じ。空は木の葉がまるで網目のように広がって、不揃いな穴から落ちてくる陽光は淡く心許ない。
「……ねぇ、兄さん」
「なに、ナルヴィ」
「木の実は……?」
「もう少しだよ」
 ナルヴィが不安げな声を上げる度に、ナリは明るく応える。
「……兄さん」
「もう少しだから」
 しかし、繰り返すうちにその声と表情からはだんだんと活気が失われていく。
「……ほんとにこっち?」
「………」
 何度目かのナルヴィの問いにナリが返せたのは視線だけだった。足を止めて周りを見回す。
(……おかしい)
 一周見て確信する。前に父や母と来たときとは景色が違う。今、目に映るそれは記憶にあるよりも鬱蒼と草木が茂り、何より、小道が獣道のように狭くなっている。目的の木の実はどこにも見当たらない。
 ――どうして?
「………」
 疑問を抱いてすぐ、ナリは頭の天辺から血の気が引いていく嫌な感覚に襲われた。
(もしかして、間違えた……?)
 考えたくないことだが、考えずにはいられない。
 見知らぬ場所ということは、どこかで道の選択を誤ったのだ。
(正しい道にもどらなきゃ……)
 だが、記憶を辿ってもどこで間違えたのかがわからない。
「兄さん……おなかすいた……」
 微かに震えを帯びた声に振り向けば、憂いを含んで揺れる双眸が見返してきた。
 とっさにナリは明るく取り繕った。
「ナルヴィ、だいじょうぶ。ちょっと道を間違えちゃっただけだから」
「うん……」
「その辺を見てくるよ。ナルヴィはここで待ってて」
「え」
 目を丸くするナルヴィの頭をナリはそっと撫でた。
「だいじょうぶ。道を探しにいくだけだから。すぐにもどるよ」
「ぼくもいく!」
 ナルヴィがナリの服をつかむ。
 握りしめてくる手に、ナリは自分の手のひらを優しく重ねた。
「ナルヴィはここで休んでいて。ほら、クッキー」
 もう一方の手で腰に下げていた革袋から、家から持ってきたクッキーの入った小袋を取り出した。
「……うん」
 しばし迷った様子を見せながらもナルヴィは小さな声で返事をして、クッキーを受け取った。
「クッキーを食べて待ってて。すぐもどるから」
 未だ不安げに見上げてくる弟の頭をもう一度撫でてから、ナリは背を向けてひとり歩き出した。
 茂みの中に分け入って、葉の乾いた音を耳にしながら正しい道を探す。
 ――きっと、すぐそこにある。
 その思いに根拠はない。ただの願いだ。それでも抱かずにはいられなかった。そうでなければ、心が折れてしまいそうなのだ。
 目的の道はあの先か、この先か。
 ナリは体に枝や葉が当たるのも木の根につまずきそうになるのも構わず、とにかく前に進んだ。やがて、茂みから出て視界が開ける。
(……あれって)
 そこは変わらず森の中で、探している道ではなかったが、現れた景色にナリの硬い表情が少し和らいだ。
(もしかして……)
 わき上がってきた期待に背中を押される。ナリは視界の中央に映る木に駆け寄った。
 根本から幹がいくつかに分かれ、斜めになりながらも力強く空のほうに伸びている、不思議な形をした木だ。枝には緑葉が茂り、そのところどころに赤色をした細長い小さな実がついている。
 ナリは木の実をしばし見つめ、記憶にあるそれと同じであることを確信した。
(これだ……やった……!)
 喜びが胸の奥からこみ上げて、ナリの表情から暗い色を取り去った。
 正しい道は見つけられなかったけれど、本当の目的のものは見つけた。あとは木の実を採って帰るだけだ。
 ナリは自分から最も近い木の実に手を伸ばした。
「ん、んー……!」
 しかし、背伸びをしても跳ねてみても、赤い実に指先がかすりもしない。もっと低いところにないかと木の周りを一周するが、手に取れそうな実は見当たらなかった。
(どうしよう……)
 木の実を見上げ、ナリは考える。
 ほんのりと冷たさを帯びた風が、緑葉を赤い実を揺らして過ぎ去っていく。辺りはナルヴィと別れたときよりも暗くなり、寒くなってきた。そのうち、夜の闇に完全に包まれてしまうだろう。
 ――のんびりしてはいられない。登るしかない。
 意を決してナリは木に手を伸ばした。分かれた幹の一つをつかみ、別の幹に足をかけて体を引き上げる。足元は斜めになっているが、樹皮がごつごつしているので滑りにくい。
(だいじょうぶ、だいじょうぶ……)
 上方にある赤い実のついた枝を目指して、慎重に這うように幹の上を移動していく。進めば進むほど眼下の地面は遠くなっていき、心臓がどきどきと速く脈打つ。頬を撫でる程度の風にさえ緊張と不安をあおられる。
(あとちょっと……もうちょっと……)
 ――あの赤い実を手に入れたら、ナルヴィのところに戻って、ふたりで家に帰るんだ。きっと、父さんと母さんは褒めてくれる。そして、ミッドガルドに連れて行ってくれる。本当の冒険ができる。
 考えればわき上がる期待に後押しされながらナリは、普通の道なら一分ほどの距離を三分かけて進みきった。
 青い草木の香りの中にほんのりと甘いものを感じる。視界が緑と赤に色づく。
(いっぱいある……!)
 下から見たときよりも、枝には沢山の実がなっていた。見える限りでもひとりでは持ちきれない量だ。
 ナルヴィを置いてきたことにナリは少し後悔しながら、赤く艶やかな木の実を採ろうと手を動かした。
 ふと、ざわりと葉の擦れる音がした。
「?」
 視界が揺れて陰った気がして、ナリは頭上を見上げた。
 先程まではなかった。枝の上から何かがこちらに向かって伸びている。枝や葉や木の実とは違う。茶色く長いそれは、鋭い爪をもった、まるで、獣の脚だ。
 ぞくりとナリの背筋に悪寒が走る。本能が警告を発するのに、胸の奥から生じる嫌な予感に流されるように枝の上をじっと見つめてしまう。
 木の葉が動く。暗い緑の間からのぞくのは、こちらを睨みつけるような灰青色の眼。
「?!」
 心臓が一回大きく跳ね上がる。
 ナリは驚きと恐怖のあまり、思わず後ずさってしまった。
 がくんと体が背中のほうに傾く。体勢が崩れたのだと気づいたときには遅かった。すでに体は木から離れ、心地の悪い浮遊感を覚える。
 視界に映る木のほうにナリは手を伸ばす。が、つかめるものは何もなかった。
 体に重い衝撃が走った。
「っ!……うぅ……」
 受け身をとれないまま、ナリは背中から地面へと落ちた。
 強く体を打ったことによる痛みと苦しさで意識が朦朧とする。手も足も動かせず、ただ悲鳴のような思いが頭の中で巡る。
 ――痛い。怖い。苦しい。だれか。たすけて。お母さん……、お父さん……。
「兄さん!」
「……?」
 不意に聞こえてきた、甲高い叫ぶような声に、ナリは伏せていた瞼を開いてゆるゆると周囲に視線をやった。
 小さな人影が自分のそばに駆け寄ってくる。
「兄さん! だいじょうぶ?」
「ナル……ヴィ……?」
 焦った様子で自分を見つめてくるのは、間違いない、弟だ。待っていろと言ったのについてきたのか。
 そこまで考えてナリははっとした。脳裏に木の上で目にした獣の姿がよみがえる。
 ――ここは、危険だ。
「っ、ナルヴィ……にげろ……早く」
「兄さん……?」
「いいから……にげろ……! ごほっごほっ」
「兄さん!」
「にげ、ろ……ナルヴィ……」
 必死に言葉を絞り出したせいだろうか。苦痛が増して、頭がひどく重くなる。自然と瞼が落ちてくる。何も考えられない。考えたくない。
「兄さん……! 待ってて。だれか、呼んでくるから!」
 真っ暗な視界。薄れるナリの意識の中でナルヴィの声が響き、闇に呑まれるように消えていった。