序章のはじまり[ロキ編]1


 歪な形をした木々が鬱蒼と生い茂る森の中をしばらく走って、ロキは足を止めた。
 背後を振り返って、たどって来た道の奥を緑がかった青い双眸で探るようにじっと見つめる。
 草木と闇に沈んだそこから何かが出てくる様子はない。やって来るような音も気配もない。
(ヘイムダルの奴は言った通りにしたか……)
 ロキはつい先程別れた薄紫の髪と深紫の瞳をした、神々の世界アースガルドの見張り番のことを考えた。
 ロキとヘイムダルはここ――主に霜の巨人族が住まう世界ヨツンヘイムからアースガルドに帰ろうとしていたのだが、途中、背後から追手の気配を感じた。
 そこでロキは、ここは自分が引き受けるから先に行けと少々強引にヘイムダルに言って、独りで来た道を引き返してきたのだ。突然の提案にヘイムダルは躊躇った様子をみせていたが、追ってこなかったところをみるとどうやら受け入れたようだ。
 ヨツンヘイムから出るにはこの森からそれなりに距離があるが、この辺りに住む巨人はそう多くはない。いざというときのために彼には手製の道具――ルーン文字を彫って魔力を込めた木片を渡しておいた。何か面倒事があってもヘイムダルならどうにか切り抜けるだろう。
 そうロキは楽観的に結論する。とりあえず彼としては、ヘイムダルが怪我をしようが腕が取れようが、アースガルドまで黒色の薬草を届けてくれればそれでいいのだ。
(さて、俺は……)
 ロキが思考を今から自分がすべきことに切り替えたとき、森の中を強い風が駆け抜けた。落葉や枯れた草が灰色の空に向かって舞い上がり、彼の長い黒髪が宙を泳ぐ。
 一瞬にして辺りは静寂よりも不安を覚えるざわめきに包み込まれ――ふっと予兆もなく静まり返った。
 ロキは進行方向に顔を戻して碧眼を険しくした。
 木々の間からちらちらと黒い影が見える。褐色の地面を踏む音が徐々にロキのところへ近づいてくる。
 暗いために容姿ははっきりと確認できないが、誰が来たのか、ロキには気配がしたそのときからわかっていた。だからこそ、彼はヘイムダルを先にアースガルドに帰したのだ。やって来る人物と一対一でもう一度話をするために。
「――ロキ」
 声が聞こえてくると同時に、ロキの視界に自分よりも頭一つ分以上高く引き締まった体躯が現れた。
「驚いたな。逃げるどころか、戻ってくるとは」
(ビューレイスト……)
 五歩ほど離れた場所で足を止めた追手の名前を、ロキは胸中でつぶやいた。相手から睨むように向けられた、明るい緑色の双眸をまっすぐに見つめ返す。
 闇に溶け込んでしまいそうなほどに黒い髪を襟足で結ったその男こそ、ロキが待っていた人物だった。
 ロキの妻であるシギュンの意識を奪い、彼とヘイムダルをヨツンヘイムまで連れて来て殺し合いをさせようとした、一連の出来事を引き起こした張本人――ビューレイスト。彼は霜の巨人族であり、ロキの実兄だ。
「仕返しにでもしに来たのか、ロキ」
 己の策が失敗したからだろう。喋るビューレイストから余裕は感じられなかった。
 たいして相手の術中から抜け出し、シギュンを助ける術を得たロキは一切の動揺なく言葉を返した。
「違う。話をしに来た」
「話? まさかあの質問のことか?」
「ああ」
 肯定したロキに、ビューレイストは眉を寄せる。
「諦めが悪いな。俺は何も変わっていないと言っただろう」
「そうだな。だが、俺が一番信じているのは相手の言葉ではなく、自分の本能なんだ」
 視線を交える緑の瞳に浮かんだのは、警戒ではなく怪訝。
 やはりただ話すだけではだめかと、相手の様子からロキは確信に似たものを覚える。
 今回も前回と同じで、ビューレイストの言動に嘘をついているような怪しさはなかった。だが、それでもロキは『何もなかった』『変わっていない』という相手の言葉が真実だとはどうしても思えなかった。根拠はないが、本能がそれは違うと囁いて止まない。
(……なら、やるしかないか)
 心の中で、ロキは静かに危険な決意をした。
「ビューレイスト」
「今度はなんだ」
「おまえは俺を殺したいんだったよな? なら、今ここで一対一で殺り合おうじゃないか」
「本気か?」
「ああ。……どうした。まさか他人の手を借りないと恐いのか?」
「黙れ」
 低い声で言い捨てたビューレイストの双眸が凶暴な光を宿す。
 思惑通り相手の戦意を高められたことに、ロキは内心でうなずいた。
(よし。あとは殺し殺されてしまう前に魔術に落とすだけだ)
 命を懸けた戦いを提案したロキだったが、本心ではそんなことは全く望んでいなかった。当然死にたくはないし、できることならビューレイストを殺したくはない。
 戦いを切り出したのは真実を聞き出すための作戦だった。普通に会話をしたところで無意味な結果にしかならないとロキは判断して、魔術を使って本当の答えを得ることにしたのだ。
「後悔するなよ、ロキ。途中で命乞いをしても聞いてはやらないぞ」
「その言葉そっくりそのまま返してやるよ」
 凄みのある声音を響かせるビューレイストに、ロキは口元に微笑を浮かべて応酬する。
 それっきり、どちらも口を閉じた。鋭い眼光をおびた瞳は、互いに一瞬たりとも相手からそらそうとはしない。
 闘気と殺気に、冷えた空気がさらに温度を下げて張りつめる。
 ロキは急く心を落ち着かせながら、慎重に踏み出す機会をうかがう。一度でも失敗したら作戦を悟られて、次はないかもしれない。
 睨み合ってからどれだけ時間が経っただろうか。
 二人の間の刺々しい沈黙がついに破られた。
「なっ……!」
「!?」
 ロキが驚きの声を上げて、ビューレイストも虚を突かれた顔をする。
 緊迫した空気を崩したのは、彼らのうちのどちらでもなかった。
 突然、風を切る音とともに、燃え立つ炎を彷彿とさせる赤い光が空からその場に落ちてきた。
 目もくらむような光は彼らとその周囲をあっという間に呑み込んで、やがて中心に向かい収束していくようにおさまっていった。
「――取り込み中のところ、失礼するぞ」
 二人の耳に届いた声音は互いのものではなかった。
 いつのまにか、ロキとビューレイストの間に一人の長身の男が立っていた。
 一瞬にして注目を集めた乱入者は、ところどころ真紅色が混ざる波打った黒髪を腰ほどまで伸ばして、やけにひらついていて動きにくそうな赤を基調とした鮮やかな衣装を身にまとっている。
 男は場の状況に動じた様子はなく、むしろ妙に鮮麗された動きで振り向いて、暗闇の中で燃える炎のような深紅色をした瞳でロキをとらえた。
「探したぞ、ロキ。今日はちとおぬしに用があってのう」
 老人じみた物言いだったが、声音と顔は老いた者のそれではなかった。人間でたとえるなら三十の前半といったところで、整った顔立ちをしている。
 親しげに話しかけられたロキだったが、目の前の展開に思考がうまくついていかず、応答できなかった。
 乱入者の視線が、呆然としている彼からビューレイストに移る。
「というわけじゃ。取り込んでおるようだが、今からこやつはわしが借りていくぞ」
「……なっ、ちょ、ちょっとまて――スルト!」
 耳に届いた三言目で、ロキはようやく我に返った。慌てて、突然やって来た第三者……いや、古い知り合いに向かって制止の声を上げる。
 スルトと呼ばれた男は怪訝そうに彼を振り返った。
「なんじゃ、ロキ。何か不満でもあるというのか」
「大ありだ!」
 止められたのが解せないとでもいうような反応を示したスルトに、ロキは噛みつくように言葉を続ける。
「いきなりやって来て何を勝手なこと言ってるんだ! そこをどけ、スルト! 今はおまえに付き合っている暇はないんだ……!」
 だが、いくら怒鳴られようと睨まれようと、スルトはその場から一歩も動かなかった。怯んだ様子すらなく、ロキを無視して再び顔をビューレイストへと向ける。
「スルト……だと? ムスペルヘイム……炎の巨人族の長の……?」
 二人のやりとりを黙って見聞きしていたビューレイストが、もう一度視線を寄越されて、乱入の驚きから立ち直ってつぶやいた。だが、別の新たな衝撃が彼の声をわずかに震わせていた。
 ムスペルヘイムは現在九つある世界のうちの一つで、アース神族の主神オーディンが世界創造をする前からあったという炎におおわれた世界だ。そこの住人は主に炎の巨人と呼ばれ、彼らを束ねる者こそがスルト。今回、二人の間に乱入してきた人物だ。
「いかにも、ヨツンの者よ。住まう世界の異なるおぬしに、わしへの敬意は要求せぬ。好きに呼ぶがよい。ただし、己の言葉に責任を持ってな」
 軽い調子でスルトは受け答えたが、その声音には一族の最上位に立つ者らしい威厳と威圧が含まれていた。
「………」
 ビューレイストは何事か思案するように口を閉じた。しかし、緑の瞳は警戒するように炎の巨人族の長を見据えている。
(何なんだ、スルトの奴。俺に用があるって言っていたか……? なんでいまさら? しかも、こんなときに……! くそっ……)
 ふつふつとわき上がる怒気をおさえ込んで、ロキは若干平静さを取り戻した頭で考えた。どうやったらこの場からスルトを退場させられるのか、その方法を。あの黒赤毛の男がいるかぎり、自分が望む展開にはなり得ないことをロキは経験からすでに悟っていた。
 好意的ではない思考に挟まれながらも、スルトに前後のことを気にかけた様子はなく、相変わらず己の速度で話を展開する。
「のう、おぬし。魔術は使えるか?」
 疑問の矛先はロキではなく、なぜかビューレイストだった。脈絡のない質問に、発言者以外は一様に顔をしかめる。
「そんなに難しい問いではなかろう。『はい』か『いいえ』でもよいから、早く答えんか」
 横柄に答えを急かすスルトに、ビューレイストは訝しげに返答する。
「……使える。だが、それがどうした?」
「そうか。使えるか」
 妙に嬉しそうにスルトはつぶやくと、懐から扇を取り出して、閉じたままのそれの先端をビューレイストに向けた。
「わしにその魔術を見せてくれんか」
(な……)
 耳を疑う台詞に、ロキは目を見開いた。
 対話の相手はムスペルヘイムの住人ではない。あんな言葉、自分を攻撃してくれと言っているようなものだ。
「どうなっても俺は責任は取らないぞ」
「かまわん。ほれ、さっさとやれ」
 せっかくの忠告に考えを改めるそぶりもなく、ぞんざいに言い放ったスルトに、ビューレイストの眼光が冷たく鋭いものになる。
(おい、本気か……?)
 スルトも、ビューレイストも、本当にやる気なのか。
 ロキからすれば、両人とも身を案じるような存在ではないのだが、突然の事態にさすがに困惑せずにはいられなかった。
 空気が微かにひりつくのを肌に感じる。
 ビューレイストの表情は躊躇いを感じさせないほどに険しい。たいして、スルトは顔色一つ変えてはいない。
「おぬしの呼吸でよいぞ」
 スルトが言ってから間もなく、周囲の大気が一気に動いた。風が吼えて、視界に映るものから色彩がどんどん失われていく。
 魔力の奔流にロキは軽いめまいを覚えた。
「……なるほど」
 スルトは起きている出来事に全く動じず、強風に弄ばれる己の髪すら気にした様子なく、何やら意味ありげにつぶやくと、手にしている扇で空を一文字に切った。
 途端、吼え声が泣いているかのようなか細いものに変わり、穏やかになった風とともにぴたりと止んだ。瞬きをした一瞬で、全てのものには本来の色が戻っていた。
(……おもしろくない)
 不調を感じていたロキは、スルトが何の影響も受けず、あっさりビューレイストの魔術を破ったことに、なんだか無性に腹が立った。
 だが、背後の不穏な空気を意に介さず、スルトは感想をこぼす。
「なかなかに素晴らしい魔術じゃのう。――だが、ちと妙じゃ」
「どういう意味だ」
「どうもこうもそのままの意味じゃ」
 スルトは微笑して優雅な所作で扇を開き、口の前をおおった。
「のう、おぬしもちとわしに付き合ってくれぬか。わしが知らぬ面白いことを知っていそうじゃ」
「ことわる」
 赤や黄や青などの極彩色で彩られた扇の下からの誘い文句に、ビューレイストは一瞬の悩みも挟まずに冷たい言葉を返した。
 スルトが残念そうでいて無念の感情が感じられないため息を小さく吐く。
「つれないのう」
 相手を見据える深紅の双眸がほんの少しだけ細まった。
(まずい……っ)
 とっさにロキは直感した。身にまとう雰囲気は全く変わっていないが、無駄に付き合いがある分、ロキはスルトが戦意をおびたことを敏感に感じ取った。
 力づくでも従わせる気だ。先の魔術からして、スルトのほうが圧倒的に力で勝るだろう。
 そんなことをする理由は? 目的は? ロキには見当がつかない。だが、いきなり現れて場を乱すその男の行動を黙って見てはいられなくなった。
「スルト!」
 短剣を引き抜いて、ロキが駆け出す。
 慌てた様子なく、スルトが後ろを振り返る。
 がきっという硬質な音が、その場に高く響いた。
 スルトの扇が、向けられたロキの刃を防いでいた。
「何のつもりじゃ」
「それはこっちの台詞だ。好き勝手やりやがって……そろそろ、いいかげんどっかに行けよ!」
「……おぬし、あやつとはどんな関係じゃ?」
「そんなことおまえに答える義理はない!」
「そうか」
 緊迫感の欠片もない声音でつぶやいて、スルトが扇を持つ腕を動かした。まるで舞でも踊るかのような所作だったがその軽い見た目とは裏腹に、いとも容易くロキは後方に飛ばされた。
「っ……、スルト!」
 受け身を取って着地したロキは、離れた相手を碧眼で鋭く睨みつけた。
 ちっとも諦めを感じない彼の態度に、スルトの物言いから穏やかさが薄まり、冷たい熱がこもる。
「わしの質問に答える気がないのなら、黙ってそこで見ておれ。嫌だというのなら、先におぬしからひねりつぶすぞ」
「うるさい! 誰がおまえ――……っ!?」
 不意にロキの声が途切れた。
 碧眼が見開かれると同時に、空気や地面が震えるほどの重く乾いた音が辺りに響き渡った。
 激しい衝撃に小石が飛び、草葉がざわめき、砂埃が舞い上がって視界を遮る。
 軽く咳き込みながらロキが徐々に晴れていく粉塵の中に目を凝らすと、見知った派手な背中が見えた。
「ふむ……逃げられたようじゃのう」
 そうつぶやいたスルトの目の前には、幾本かの木が折り重なるようにして倒れていた。気がつけば、そこにいたはずのビューレイストの姿はなく、気配もなかった。
 惜しそうに息を吐いたスルトが、やや呆然としているロキを見やる。
「おぬしのせいで取り逃がしたではないか。どうしてくれる」
「なっ……先に邪魔をしたのはおまえだろう! あいつから聞きたいことがあったのに、どうしてくれるんだ!」
 非難めいた言葉に苛立ってロキが言い返したが、スルトの耳は少しも彼に傾けられてはいなかった。
「しかたがないのう。当初の予定通り、こやつだけを連れて行くか……。というわけじゃ。行くぞ、ロキ」
 まるきり無視して己の中だけで話をまとめたスルトに、ロキの声が大きくなる。
「また何を勝手なこと言ってやがる! 大体、行くってどこにだ!?」
「ムスペルヘイムに決まっておるじゃろう。わしは他の土地は好かん」
 至極当然だとばかりに言ってスルトは扇を閉じると、その先端をロキに向けた。
「ふざけるな! 誰があんなところに……行く……か……?」
 短剣を握り締めて勢いよく拒否の言葉を口にしていたロキだったが、突然目の前がぐにゃりと歪み始め、驚きに声を失速させた。
 彼の視界の中に存在するもの――森や空やスルトの姿があっという間に境界を失って混ざり込んで、端から淡い朱色に染まっていく。視覚の異常だけではなく、外側から全身を圧迫されるような感覚にも襲われて、ひどい耳鳴りまでしてきた。
「スルト……てめぇ……」
 すぐにこれがスルトの仕業だとロキにはわかった。過去にも何度か経験したことがあるのを思い出して、早く脱しなければと彼は思ったが、今の自分の体の存在が気薄で五感が当てにならない。
 だからといっておとなしく諦める気にもなれず、ロキはどうにかしてスルトの魔術を打ち破ろうとした。己の中心を強く意識して、魔力を練り上げ、呪文を口にする。
 しかし、何も変化はない。
(くそ……)
 ロキはめげずに再び挑戦する。
 何度意味のない音と化そうと諦めることなく抵抗を続けていると、不意に目の前の朱が揺らいだ。
「――うるさいぞ」
 不機嫌な声音が聞こえてくると、ロキから圧迫感と耳鳴りと朱色の景色が一斉に消えた。
 代わりに一瞬のふわっとした妙な感覚と、固い感触が彼を襲った。
「いっ……!?」
 体に走った突然の痛みに、ロキが顔を歪ませてうめいた。
 鋭痛にやや意識を朦朧とさせていると、横に傾いた彼の視界の中に、黒と赤の毛色をした一羽の大きな鳥が舞い降りてきた。
 鳥が優美な翼をたたむと、その姿は揺らめく赤い炎に変わり、さらに変化してロキの見知った人物の形をとった。
「スルト……何しやがる……!」
 地に転がった体を起こしてロキが文句を言うと、少し離れた場所に立つスルトは冷ややかな一瞥をくれた。
「ぶつぶつ言っていたおぬしが悪い。このわしが直々に運んでやったのじゃ。むしろ感謝せい」
「誰が礼なんて言うか! 運ぶんだったら最後まで運べ! 着地する前に放り出すな!」
 しかし、怒りの言葉をロキが言い終わる前に、スルトはさっさと前へ歩き出していた。
 全くこちらの意見を聞こうとしない男に舌を打ってロキは立ち上がると、自分と同じく地面に放り出された短剣を拾って腰の鞘におさめた。
 現状を把握しようとロキはざっと周囲を見回して――短く息を吐いた。
(まさか、またここに来ることになるとはな……)
 ロキが立つその場所には、四方をおおい囲むような鬱蒼とした薄暗い森も、精神さえも蝕んでしまいそうな冷たい空気も、気の滅入るような曇天もなかった。
 彼の足元にあるのは薄茶色をした固い地面で、背後に広がるのは奥に行くほど濃くなっていく白い霧。頭上には太陽や雲、月や星といったものはなく、ただ紺から黒へ徐々に色を変えていく空間があるだけだ。気温は暑くもなければ寒くもない。
 それだけでも十分に妙だが、さらに奇妙なのは前方、先行するスルトのその先に見えるもの。明々とした赤色で、常時不安定に揺れ動き、まるで立ちふさがるように縦横にどこまでも続いているのは、巨大な炎だった。