アースガルドの神々事情 5


 アースガルドに夜の帳はすっかり下りて、昼間の賑やかさが嘘のように静かな時間が流れている。
 とくに広い館の一室には、どこか冷たく呆れた気配さえあった。
「……満足か、オーディン」
 円卓を挟んで向かい側に座る相手が杯を置いたのを見計らって、チュールがそう言葉を発した。
 灰色の隻眼が手元から上げられ、唇が薄く笑みを形作る。
「思っていた以上に面白かった」
 本当に愉快げな響きしかない返事にチュールは顔をしかめた。
「遊ぶのもほどほどにしろよ。火のないところに煙は立たない」
「だが、おまえにとっても今日の大会は『よかった』だろう?」
 放った戒めはあっさりかわされてしまった。
 チュールが少し眉尻を上げて険しい表情を作っても、オーディンの顔は微動だにしない。
「気になっていたフレイと手合せができて、どうだった?」
 反省どころか、そんな質問を重ねてくる始末だ。
 恐れも遠慮もなく本心に触れてくる。昔馴染みとはなんと厄介なことか、とチュールは再認識する。そして、気づかれているのなら、隠すことが無意味だというのも理解して口を開いた。
「やはり強い。前線でヴァン神族を率いていたことはある」
「しかし、途中でふられていたな」
 オーディンの事の言い表し方にチュールは揶揄の気配を感じ取ったが、面倒だからその点は無視して会話を続けることにした。
「気づいていたのに、おれが勝者でよかったのか?」
「結果よりも過程のほうに興味があったからな。それにあのフレイのことだ。自ら負けを選んだのは、それなりに思うところがあったんだろう」
「過程……? オーディン、今回の大会は皆の剣の腕前を確認したかったからではないのか?」
 根本的な認識の違いを悟ってチュールが怪訝の色を浮かべて訊けば、オーディンは口元の笑みを深くした。
「我がアース神族は安泰だな」